研究スポットライト:身体で感じるデータサイエンス

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武蔵野大学データサイエンス学部 データサイエンス学科長 岩田洋夫教授へのインタビュー

本インタビューは、2025年12月2日〜3日に武蔵野大学アジアAI研究所(AAII)主催で開催予定の展示会「カーイト・ベイ要塞へのウォークスルー体験:伝説のアレクサンドリア」に合わせて、モハメド・ソリマン(AAII研究員)氏との共同研究者である岩田洋夫教授にインタビューをしたものです。イベントの概要は、後述のイベント情報をご確認ください。

図1. 武蔵野大学データサイエンス学部 データサイエンス学科長 岩田洋夫教授

 

アジアAI研究所(AAII)と武蔵野大学データサイエンス学部(MUDS)における研究を紹介するシリーズの一環として、高橋雄介准教授が、岩田洋夫教授にインタビューを行いました。岩田教授は、バーチャルリアリティ(VR)、ハプティクス(力覚・触覚技術)、ロコモーションインタフェースの世界的権威であり、日本バーチャルリアリティ学会会長を務められました。現在は、サイバー空間と実空間をつなぐ「Data Sensorium」プロジェクトを推進し、データサイエンスにおける身体感覚の重要性を探究されています。


高橋:岩田先生、本日はお時間をいただきありがとうございます。まずは先生のご経歴と、データサイエンス学部に着任されたきっかけについてお聞かせいただけますか?

岩田:ありがとうございます。私は東京大学で機械工学を学び、1986年に工学博士を取得しました。その後、筑波大学でバーチャルリアリティの研究を35年以上続けてきました。2016年から2020年まで日本バーチャルリアリティ学会の会長も務めました。2023年4月に武蔵野大学に着任したのは、データサイエンスの分野で「身体感覚」という新しい視点を加えたいという思いからです。現在のデータサイエンスは、どうしても画面上の数値やグラフを見ることが中心になりがちですが、人間は本来、五感を使って世界を理解する存在です。サイバー空間の情報を身体で感じられるようにすることで、データ理解の新しい地平が開けると考えています。

高橋:先生はVR分野で世界的に著名でいらっしゃいますが、これまでの研究についてお聞かせください。特にSIGGRAPHやアルス・エレクトロニカでのご活躍について興味があります。

岩田:私の研究の核心は、「人間の身体感覚をいかにしてバーチャル空間で再現するか」という問いにあります。大きく分けて二つの領域があります。一つは「力覚インタフェース」と呼ばれる、バーチャルな物体に触れた際の手応えを再現する技術です。もう一つは「ロコモーションインタフェース」、つまり実際にはその場にいながら、バーチャル空間を自分の足で歩き回る感覚を生み出す装置です。代表的なものに「Torus Treadmill(トーラス・トレッドミル)」があり、全方向に歩ける無限の床面を実現しました。これらの成果は、1994年から2007年まで毎年SIGGRAPHのEmerging Technologiesで発表し、アルス・エレクトロニカでも1996年と2001年に入賞しました。2011年には文部科学大臣表彰科学技術賞もいただきました。

図2. IEEE VR の受賞時の様子。

高橋:「デバイスアート」という概念も先生が提唱されたと伺っています。これはどのようなものでしょうか?

岩田:デバイスアートとは、メカトロ技術や素材技術を駆使して、デバイスそのものが芸術作品となる新しい表現形式です。従来のアートは、紙やキャンバスといったメディアの上にコンテンツを載せるものでした。しかしデバイスアートでは、人が相互作用するデバイス自体が表現内容になります。実は日本の伝統文化である茶道や華道も、道具や空間との相互作用を重視するという意味で、デバイスアートのルーツと見ることができます。科学技術振興機構(JST)のCREST研究として、明和電機さんや八谷和彦さんなど多くのアーティストと共同研究を行いました。

高橋:現在、武蔵野大学で推進されている「Data Sensorium(データ・センソリウム)」プロジェクトについて詳しくお聞かせください。

岩田:Data Sensoriumは、サイバー空間や遠隔の実空間の情報を、人間の身体感覚として提供するシステムです。空間没入ディスプレイ、ロコモーションインタフェース、ハプティックインタフェースを組み合わせることで、遠く離れた場所やデジタル空間を「自分の身体で体験」できるようにします。具体的な応用として、アーティゾン美術館のデジタルツインを作成し、実際の美術館を自分の足で歩いて鑑賞するのと本質的に同等な体験を提供する「サイバーフィジカル美術館」を開発しました。また、エジプト観光考古省との共同研究では、古代遺跡のバーチャル文化遺産の歩行体験も実現しています。アジアAI研究所では「人の活動をシステムアーキテクチャに取り込む」という新たな思想を提案しており、Data Sensoriumはまさにその具現化です。

図3. Data Sensoriumとは、サイバー空間や遠隔の実空間の情報を、人間の身体感覚として提供するシステムである。アジアAI研究所における様々なプロジェクトを国際的に横断する共同研究のプラットフォームとなることを企図している。

高橋:国際連携についてはいかがでしょうか?2026年開設予定の国際データサイエンス学部(MIDS)との関わりもお聞かせください。

岩田:Data Sensoriumの大きな特徴の一つが、共有サイバー空間による国際共同研究のプラットフォームとなることです。例えば、タイのタマサート大学には4面ディスプレイを設置し、武蔵野大学の研究室と空間的に連続しているかのような体験を提供しています。「臨場感サイバークラスルーム」と呼んでいる仕組みでは、海外の教室があたかも武蔵野大学の教室と空間的に連続しているように感じられます。MIDSでは、こうした技術を活用して、世界中の学生や研究者がバーチャルに同じ空間で学び、研究できる環境を目指しています。物理的な距離を超えた「体感共有」が、国際教育の新しい形を生み出すと確信しています。

高橋:最後に、データサイエンスや VR の分野に興味を持つ学生へメッセージをお願いします。

岩田:データサイエンスというと、どうしてもプログラミングや統計学といった「頭で考える」スキルが強調されがちです。しかし、データの先にあるのは常に「人間」です。人間が世界をどのように認識し、体験するのかを深く理解することが、真に価値あるデータ活用につながります。VRやハプティクスの技術は、そうした人間理解への入り口です。また、アートとテクノロジーの融合も大切にしてほしい。新しい技術が新しい表現を生み、新しい表現が技術を進化させる。この循環が、イノベーションの源泉になります。ぜひ好奇心を持って、従来の枠組みにとらわれない研究に挑戦してください。

高橋:岩田先生、貴重なお話をありがとうございました。先生の研究は、データサイエンスに身体感覚という新しい次元を加え、MUDSとAAIIの国際的な研究連携を推進する上で非常に重要な役割を担っています。

岩田:こちらこそ、ありがとうございました。データサイエンスの可能性は無限大です。武蔵野大学から世界に向けて、新しい研究の波を起こしていきたいと思います。

 

岩田洋夫教授 プロフィール

武蔵野大学データサイエンス学部 教授・学科長。1986年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了(工学博士)。筑波大学システム情報系教授を経て、2023年4月より現職。専門はバーチャルリアリティ、ハプティクス、ロコモーションインタフェース。2016年〜2020年日本バーチャルリアリティ学会会長、現在は同学会特別顧問。2011年文部科学大臣表彰科学技術賞受賞。SIGGRAPH Emerging Technologiesに1994年〜2007年まで毎年出展。アルス・エレクトロニカ入賞(1996年、2001年)。著書に『VR実践講座 〜HMDを超える4つのキーテクノロジー〜』(科学情報出版、2017年)など。


イベント情報

展示会のお知らせ

カーイト・ベイ要塞へのウォークスルー体験:伝説のアレクサンドリア

武蔵野大学アジアAI研究所(AAII)主催の展示会を下記の通り開催いたします。

開催概要:

日程:2025年12月2日〜3日

時間: 09:30 – 15:00(両日)

会場: 武蔵野大学アジアAI研究所(AAII)

展示会について:

先進的なデータセンサリウム技術を用いて、アレクサンドリアの伝説的な要塞であるカーイト・ベイ要塞へのウォークスルー体験をお楽しみいただけます。本展示会では、最先端技術を通じてエジプトを代表する歴史的建造物を体験できる貴重な機会を提供いたします。

展示者:

モハメド・ソリマン(AAII研究員)

本イベントは限定公開となっております。ご質問やお問い合わせがございましたら、お気軽にご連絡ください。

皆様のご参加を心よりお待ちしております。


MUDSとAAIIにおける研究協力や客員研究員の募集に関する詳細は、muds.ac/contact からご相談ください。

Yusuke Takahashi PhD

Entrepreneur, Computer Scientist, Cycle Road Racer, Beer Lover, A Proud Son of My Parents, Husband, Father, Trail Runner

https://medium.com/@aerodynamics
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